以下では ThinkingSketch の設計において、基本になる考え方を述べます。
「絵を自分で描く、あるいは絵描くことを助けるソフト」について
絵を描くためソフトの多くは、 まず何を描くかが頭の中にあって、それに近いものを描くための道具であるという考え方を基本としています。 もっとも、多く使われている、ビットマップをベースにした、Paint系、あるいはベクター図形を 対象にしたドローイングツールなどがこれにあたります。
ThinkingSketch はこれらと異なる考え方で作られて おり、一般的なドローイングツールであることに加えて、なにを描くのかという部分までを手助けしてくれます。
Harold Cohen氏による「AARON」
この種のソフトを最初に開発したのは、 もとカリフォルニア州立大学サンディエゴ校教授のハロルド・コーエンさんです。 コーエンさんはAARONというシステムをつくり、 コンピュータに抽象画から具象画まで、 人間が描いたのであろうと思わせられるような絵画を、 際限なく描き続けることのできるようにすることに成功しています。
ThinkingSketch もこのAARONに影響を受けています。しかし、 AARONは描き始めたら人間の介入なく自律的に絵画生成を行うが、ThinkingSketch は対話を行いながら絵画生成をおこなうなど、その設計思想は大きく異なります。
迎山和司さんによる「静」
ほかにも、迎山和司さんのシステム 「静(しずか)」なども、 大きくは同じ流れを汲んでいると考えます。
ThinkingSketch の考え方
スタイルやテイストについて
近代の美術活動においては 作家にとってもっとも大切なことは、自分の画風をもつということです。 異なる画家が、同じ画風の絵を描くということはほとんどないことです。
逆に複数の画風を持つことを追求するパブロ・ピカソや 今井俊光のような画家は存在します。彼らは絵を描くということだけではなく、 新規の画風を見出すことを重要なことと考えていたようにも思われます。
ThinkingSketch はその 画風を意識しながら、多くの絵を描きスタイルについて考えてみるための 道具であると言ってもよいと思います。
良い作品を模倣することを大切に考える
日本の美術教育のなかでは、いきなりオリジナリティのある絵を描くことが薦められることが多くありますが、 プロフェッショナルな美術家に対する教育は、巨匠の作品を模倣することを重視します。 模倣と言う操作を通じて、技術的な成長やものの見方といったものを身に着けるのです。
ThinkingSketch では、自分の気に入った作品を見つめ、 その一部を模倣し、形取りすることによって、ある程度のレベルを保証可能な、絵の構成部品とします。 人のものだから、真剣にならずに部品とするという製作における気軽さをプラス面に生かそうとするアプローチです。
多くの場合気楽に形を写しとるのですが、 その作業がものの形を見つめることになる、というところが大切なポイントです。
自己スタイルの形成を目標にする
絵を生成するにあたっては、 乱数を含んだ制御を行いながら配置を行います。 この配置規則を用いると効果の異なる絵を描きます。 いくつかの配置規則を組み合わせるとき、その規則の組み合わせから生成される 絵にはある種の類似性・傾向を見ることができます。
言い換えれば、自分が気に入るパターンを生成する規則の組み合わせが発見できれば、 それは自分のスタイルを言語化したとも考えられます。
実際には、この規則はユーザが試行錯誤を繰り返しながら見出していくものであり、 また、必ず到達点があるといったものでもありません。 しかし、自己のスタイルとその言語化について内省を繰り返すことは、 創造性に対する強い貢献を行うものだと考えます。
授業実践 「Trace & Trace」
公立はこだて未来大学やその他の学校で行われた、美術系の教育単元です。 以下のような手順で授業を進めていきます。
教員は名作の満載された美術書のページをばらばらにして配布します。
気に入ったモチーフのトレースを行います。 形式化し、独立性の高い形を切り出すようにアドバイスします。
切り出したモチーフを部品として配置したあと、 元の絵から、色を抽出し、上記のトレースをスキャンし、 Illustratorのようなソフトウエアで着色を行います。
人工物としての ThinkingSketch は 「Trace & Trace」の実践の枠組みを、ソフトウェアの形式に纏め上げたものと言えます。
Copyright 2006, ThinkingSketch Unit